講演会と市役所前炊出しに参加して

ホームレス支援では多くの学びを経験した。奥田知志先生の講演では、現在のNPO(または、北九州ホームレス支援センター)の活動状況、ホームレス支援活動の実態など私達が普段目にしない日本社会の底を語ってくださった。

話の中で、奥田先生はHomelessとHouselessの違いと支援方法について説明をされた。Houselessは家がないため物理的欠落が生じている。しかし、Homelessの場合は物理的欠落の上に人間関係の交流がないため、人と接することが難しくなっている。
ゆえに、回復するにはまず「人と交わる」言わば、人間関係の回復から始めなければならない。ホームレスの方々、約80%の人々が自立した生活を希望している。

支援活動の最終目標はHomeの欠落を回復させ、自立させていくことにある。奥田先生は「自立が孤立に繋がってはいけない」と何度も話しておられた。中でも「いざと言う時に誰が探し、存在に気がついてくれるのか。これがホームレス支援の中心です。」という言葉に非常に衝撃を受けた。「自分はこの〝いざ〟の時になにができるだろうか。実際は何もできないのではないのだろうか。」そう自分に問いかけた。答えは〝Yes〟だった。自分というものがいかに弱く心狭い人間であることに気づかされた。奥田先生の話の一つ一つには、心を矢で刺されるようなするどい問いかけがあったのではないかと感じている。

炊き出しの奉仕に参加したことは、私にとってとても意義のあることであった。初めは市役所前の路上で渡していたのだが、途中で雨が強くなってきたため、地下階段に移動し食事を渡すことになった。よくよく見ると、ほとんどの人々が中年男性(高齢者の方もいた)であった。おそらく失業にあったのだろうと私は思った。私はその場に集まってくる方々に、ある共通点を見出すことができた。それは、どの方も皆礼儀が正しく謙虚であったということである。(「ありがとうございます」、「ごちそうさまでした」とある意味では敬意を払っているかのようであった。)中にはお替わりを頼みに来る人もいた。路上で生活をする人々の苦しみが感じられた。私はその方々になんと声をかけたらよいのか迷った。「大丈夫ですか。」「あいにくの雨ですね」などたくさんの言葉が浮かんだが、口に出すことはできなかった。なぜなら、自分の発する言葉にまったく(0%と言っていいほど)自信がもてなかったからである。「自分はホームレスの方々とどう接したらよいだろう」と考えながら、唯一浮かんだ言葉は挨拶(「こんばんは」、「おやすみなさい」)であった。今思うと挨拶をすることが一番BESTな交わりの仕方だったのかもしれない。

私はこの時間に出会った1人のホームレスの方の存在を忘れるわけにはいかない。その方は高齢者であった。その方は、帰り際に私の前に立ち、しばらくの間微笑んでくださった。その笑顔は輝きを放っているかのようだった。私はその笑顔に感動した。
今できるならばその方にまたお会いして話をしたいと心から思う。私にとってこの炊き出し(ホームレス支援)の時間は忘れられない思い出となった。

小野祐基

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